武蔵高等学校中学校|デジタルパンフレット
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「建学の三理想」を受け継ぐ武蔵学園02創立者 根津 嘉一郎(初代)本校は1922年、一木喜徳郎(元東京帝国大学教授・文部大臣・内務大臣)を初代校長とし、日本で初めての私立の七年制高等学校として発足しました。戦後の学制改革においては、小学校卒業から大学に進学するまでの自己形成期の教育を担い続けるべく、新制高等学校に移行する道を選び、中学校を開設(新制武蔵大学も開設)。中高一貫校となり、建学の精神を堅持しながら、2022年に創立100周年を迎えました。創立以来、巣立っていった卒業生たちが進んだ道は様々ですが、それぞれが武蔵生としての誇りをもち、伝統を体現しています。向かい合う二羽の雉を図案化した校章は、瑞鳥とされる白雉が、神護景雲2年(768年)称徳天皇に武蔵の国から献上されたという『続日本紀』の記述に由来するものです。創立時の文言は「武髙」、後に「武蔵」となりました。きじ東武鉄道や南海鉄道など日本国内の多くの鉄道事業に携わり「鉄道王」と呼ばれた根津嘉一郎は、1909年、渋沢栄一率いる渡米実業団の一員としてアメリカ53都市を視察した際、実業家たちが大学や美術館、公共事業に多額の寄付をしていることに感銘を受け「国家の繁栄は育英の道に淵源す」との信念のもとに、武蔵高等学校を設立しました。また、郷里の山梨に寄贈した多数のピアノは、のちに「根津ピアノ」と呼ばれています。教育・文化事業にも情熱を傾けた根津は古美術愛好家としても知られ、その収集品を展示公開するため、没後私邸跡に「根津美術館」(東京都港区青山)が設立されました。1921(大正10)1922(大正11)1948(昭和23)1949(昭和24)1951(昭和26)2000(平成12)2013(平成25)2017(平成29)2022(令和4)財団法人根津育英会設立武蔵高等学校(七年制)開校学制改革により新制武蔵高等学校開設武蔵中学校開設、新制武蔵大学開設財団法人から学校法人へ組織変更高校編入学廃止、中高完全一貫校となる法人名を学校法人根津育英会武蔵学園に改称理科・特別教室棟(新棟)完成創立100周年1.東西文化融合のわが民族理想を遂行し得べき人物2.世界に雄飛するにたえる人物3.自ら調べ自ら考える力ある人物日本初の私立七年制高等学校を設立 建学の三理想武蔵学園のあゆみ

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